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国民年金の広告
   

今日の新聞に国民年金の大きな広告が載った。「将来、泣いてもいいわけ?」というコピーで、社会保険庁にしては大胆な試みである。相当な焦りと覚悟が見える。「納めないと、もらえない。国民年金。」とも書かれている。それもそうだ。だが、何かすっきりしない。どこかストンと落ちない。なぜか? 肝心のことに触れていないからである。

「自分が支払った額よりも、将来自分が受け取る額の方が少ないのに、なぜ払う必要があるのか。」若者の疑問はこの一点である。若者の中で国民年金の不払い者は三人に一人とも言われている。私と同年齢の41歳を境に、それより若年の人々は、支払った額すら将来受け取れないわけで、普通の人は、それを聞いただけで支払うインセンティブを無くす。それは非常に自然なことだ。確かに税金も、本来ならば自分が支払った額とそれに見合った効果を考えるべきではあるが、公共サービスなどの効果はお金に換算が難しい。だから、納税者による費用対効果の監視が甘くなる。年金の厄介な点は、将来自分の貰える効果もお金、そして自分が今支払う負担もお金、この二つを誰でも簡単に比較できてしまう点だ。そもそも今の年金制度では、自分の支払いは“今の”高齢者の受け取り年金になっているわけで、将来自分自身が受け取る年金額とは何の関係もないのに、だ。

国民年金の納付が義務だというのなら、私は、「将来、泣いてもいいわけ?」とか「納めないと、もらえない。」などと、今の自分の支払いと将来の給付があたかもリンクしているような説明は百害あって一利も無いと思う。むしろ、税金と同じように、「納付義務がある」と、それ一言でよい。あるいは、すべて税金として徴収した方がよりシンプルだ。

 
2003年07月28日
田嶋 要
 


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