今日は本会議場に小泉総理が出席しなかった。そう、昨晩日本人三名のイラクでの拉致が判明したためである。今国会審議で最重要の年金改革に関して、今日は民主党の対案が本会議場で示されたわけだが、それ以上に緊急事態が生じたのである。
それにしても、従来、イラクでの自衛隊の安全と、イラクの外での日本人社会へのテロの脅威と、この二つがいろいろな観点で議論されてきた。しかし、現実に起きたことはそのどちらでもなかった。テロ集団は、まさに盲点を突いてきたのだ。
従来から「テロに屈しない」という理由で、仮に自衛隊に万が一のことがあっても、「それによる自衛隊撤退は無い」というのが国会での政府の一貫した答弁であった。しかし、今回の拉致は二つの意味で状況が異なる。第一に、自衛隊ではなくて民間人だという点だ。そして第二に、これが本質的に重要なのだが、政府の言う「万が一のことがあった場合」の判断は、最悪が“起きた後”での判断であるのに対して、今回のケースは最悪のことが“起きる前”での判断を迫られているという点である。最悪が“起きた後”での判断は、昨年末の日本人外交官射殺事件の時にも、政府は既に行っている。容易に想像できることだが、“起きる前”での判断の方が、桁違いの困難さと苦痛を伴う。
しかし、これまでの流れから言って、そして小泉総理のこれまでの答弁と判断から言って、今回の最悪のことが“起きる前”での判断でも、自衛隊の撤退は無いであろう。かつて小泉総理が「覚悟している」という発言をしたその真意は、今回のような不測の事態が起きた場合にも、自らの責任において最悪の事態を受け入れるという覚悟を意味するものだと思う。過去にドイツなどでは政府がそのような判断をして、民間人に犠牲が出ている。今回、人質を解放する交渉が成功するほかに、唯一可能性として考えられることは、サマーワの治安が急速に悪化し、政府のフィクションとしての「非戦闘地域」であるという状況が失われたと判断することだ。その場合には、イラク特措法に則って、政府はテロに屈したと評されること無く、イラクからの(一時的)撤退が可能となる。
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