年金審議と並行して、国民生活に様々な影響を及ぼす法案の審議も続いている。その
具体例が、いよいよ本日参議院本会議で成立する見通しの裁判員法案である。一言で
言えば、一般人が司法に参加するようにする法律である。言わば米国での陪審員制度
のようなものだ。年金のように全国民に関係があるというものではないが、選ばれた
国民は、基本的に政令で定める特別の理由が無い限り、裁判員になることを拒否する
ことができないという意味で、我々の生活にも直結しうる。
夕刊に、この新法に対する一般市民の反応が出ていた。もし自分が選ばれたら、とい
う問いに対してだが、「興味がある。」という反応から、「あとあとまで自分の判断
を引きずりそうで怖い」「自分が正しい判断をできる自信が無い」まで、率直な色々
の反応が出ていた。確かに、三権分立の中の立法も行政も司法も、これからは一般市
民に徐々に開かれた時代がやって来るのであろう。立法であれば国民投票とか住民投
票が、議会での審議に代わる場合が出てくるであろうし、また行政という意味でも官
ではなくNPOや市民活動が行政に取って代わる役割を果たすことが起こってくる。
ただ、それらに対して、司法というのは一般市民にとって、さらに一層縁遠いもので
あるという感覚も広く一般的であろう。高度な専門性の問われる分野で、たまたま選
ばれた数人の一般人だけが(この点が、開かれた立法とか開かれた行政との違い
だ)、生涯守秘義務を負わされる刑事裁判で判断を求められるというのは、確かに結
構しんどいことに違いない、というのが私の率直な感想である。
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