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週末に、地元千葉市で、不正な税の免除を行ったとされる市の元納税管理課長らが逮捕された。これは、もともと今年始めに発覚した問題で、新年早々私の支持者の間でもかなり話題となっていた。たまたま私が出席したある賀詞交換会では、千葉市長がこの件にまったく釈明をしなかったことに腹を立てたある来賓の方が、市長の面前でそれを非難することまで起きた。しかし、市の最終判断は、不正免除を受けていた県議が本税の納税と、滞納部分の延滞金の分割納付を誓約したことで、市に損害はなくなったとして、元市幹部らの刑事告訴を見送ったという経緯がある。今回は、その市の最終判断にも係らず、県警が、実害の有無が立件を左右しない「公電磁的記録不正作出・同供用罪」で逮捕に踏み切ったという意味で、画期的と言える。確かに行政は行政、司法は司法であるが、意外な印象を受けた。
この問題自体はもちろん徹底的に調査されるべきではあるが、私は、このケースを通して、地方分権時代の税制に関して考え込んでしまった。いま推進しようとしている地方分権社会では、これまで中央に多くが集められていた税源を、地方に移譲していくことが大きな柱の一つである。ということは、国税が地方税に置き換わっていくのである。それに伴い、今回のようなケースが、日本中のあちこちの自治体で問題となる可能性を生むということでもある。権力、権限を分権化していくということは、その権力を恣意的に使う人間もその副作用として増えてしまうということである。公的年金に対する不信感が、このような税の不正免除によって、税制にも波及してしまえば、日本は確実に破綻する。
だが、日本はそれでも分権社会にしていかねばならない。それが私の結論である。中央集権であれば、今回の年金制度でも明らかなように、中央での間違った政策が全国民を不幸にし、中央のとんでもない保険料の流用や株での失敗も全国民に影響を与える規模となる。確かに地方に権限を移譲すれば、今回のこの事件のようなことは起こるであろう。しかし、それをできるだけ起きないようにする努力をそれぞれの地域の住民や議会が払うことによってのみ、またこういったケースを経験して市民による監視の目を育てることによってのみ、市民が本当に主役の、質の高い民主主義が育つのだと思う。
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