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アメリカによるイラクのテロリストに対する軍事攻撃の呼び名ではない。ロシアによ
るチェチェン市民への攻撃の呼び名である。先月25日、テロリストの犯行と思しき
仕業によって旅客機2機が墜落したばかりのロシアで、今度は子供ら300人以上を
人質に取った学校人質事件が起きている。今現在、状況は何の進展も見ていない。こ
の他にもモスクワでの自爆テロや、2002年10月に起きたモスクワの劇場占拠事
件など、犯行は全てチェチェン人テロリストによるものと言われている。
アメリカとイラクとでは、断然アメリカが日本にとって馴染みがあるのと同様に、ロ
シアとチェチェンとでは、断然ロシアが馴染みがある。それはどういう事かと言え
ば、情報量という点で、我々は無意識のうちにアメリカ寄り、ロシア寄りの情報に慣
らされてしまっているということだ。だから、このような事件が起きれば、ロシアが
被害者、チェチェンが加害者というような単純思考に陥りやすい。しかし、これら一
連のチェチェン人テロも、元をたどれば200年に及ぶロシアによるチェチェンの弾
圧・虐殺の歴史が背景としてあるのだ。チェチェンでは、人口の半分にもおよぶ人々
が殺されたり離散しているといわれている。もちろん、決してテロ行為は許されるべ
きものではない。しかし、テロ行為を犯す者たちだけを一方的に悪と決め付けられる
ほど、事は単純ではないということを、我々は悟らねばならない。罪も無いイラク市
民の苦しみは全世界で報道されているが、実はこれと同じようなことがチェチェンを
始め世界には歴史上無数に繰り返されてきたのだ。チェチェンでもイラクでも、武力
による人間の制圧は、平和を近づけるとは思えない。むしろ、憎悪の連鎖を生むのみ
である。
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