昨年の今日が投票日であったあの総選挙の時にも、確か「地方分権型社会を作る」というのは、民主党のみならず与党の政権公約でもあったはずだ。当時私は、「やはりこれからの国のかたちというような大局的、基本的なところでは、与野党で余り差がでることはないのだな、、、」と勝手に思って納得していた。
全く国民的関心事の外にあった地方分権の議論が、ここへ来て俄かに騒がしい。なんでも、国が地方六団体にお願いして作ってもらった補助金削減案が、コトの発端ということのようだ。分権型社会を作るという総論には賛成だったはずの政府与党が、各論になったとたんに一斉に反旗を翻しているのだ。各論反対の理由は様々だが、中央各省とそれにぶら下がる与党族議員が、それぞれ自分たちの利益に基づいて反対キャンペーンを張る、その姿は実に悲しくそして憂慮すべきである。
補助金改革を含む地方分権の改革は、知事の力を強くして、国会議員の力を弱くする。そんな危機感が族議員達にはあると言われている。なるほどそれはそうであろう。地元への利益誘導型政治に明け暮れてきた国の政治家にとってみれば、補助金が無くなれば力を誇示する場を一つ失うことになるからだ。それだけ、補助金の決定には恣意性があるということだ。そしてそこには、本来国政を担う政治家の役割とは何か、という本質的な議論が欠けているような気がする。地方分権改革は、本来国のやるべき仕事を絞り込む。当然国会議員の仕事もそれに呼応して絞り込まれる。外国との様々な交渉、外交や軍事に絡む政策、社会保障政策などの比重は当然に高まり、それ以外の内国政策の比重は下がるのは明らかだ。それでは困ると族議員が言うのであれば、そんな国の政治家がこれからも大勢残っていては、そっちのほうが日本の将来のためには困るのである。
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