朝の駅頭ビラ配りの後は、スタッフやボランティアの方々とともに朝食をとるのが日課だ。寒さが厳しくなった分、ビラ配りの2時間の後の暖かい朝食は格別だ。
今朝は目玉焼きのついた定食を頼んだ。しかし、目玉焼きにかけるソースがカウンターに出ていない。聞けば、普通は醤油をかけるのだという。一緒に食事をしたスタッフも全員が醤油派だという。たわいもないことだが、結構興味深い。私が幼少期を名古屋で過ごしたからなのか、あるいはたまたま我が家ではそうだったに過ぎないのかはわからないが、私にとっては目玉焼きにはソースが当たり前だったのである。キャベツやハム(ハムエッグ)が一緒のことが多いから、それにはそれで一理あるような気がするが、それでも多数決では却下されたのだ。
せめて、教訓を得ることにする。よく我々は「日本人は、、、」とか「普通は、、、」とか何気なく使うが、そのときに主張者が往々にして根拠とするのは、自らの私的な体験・経験だ。体験・経験は具体的で説得力があるから、周りは一目置くし、それを信じてしまいやすい。しかし、個人的な体験・経験は、あたりまえだが必ずしも普遍化できるものとは限らないということだ。自分の常識は、世間の非常識。日本の常識は、世界の非常識。かもしれない。
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