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同窓会

 

先日、中学校の同窓会があった。これが実に30年ぶりである。当時私は名古屋市に住んでいたが、その時の一学年は何と10クラスもあったらしい。子供が多かったわけだ。懐かしい顔、顔、顔。それも、男性も女性も皆、若々しくてあまり変わっていないのが嬉しかった。私のような年齢の頃から、次第にこのような過去を懐かしむ集まりが増えてくるのであろう。それは紛れも無く、人生の折り返し地点を過ぎた証でもある。

多くの同窓生は私が国会議員をやっていることを知らなかった。しかし、また多くの仲間が、昔の私のことをいろいろと覚えてくれていて、政治家が私には合っていると言ってくれた。何でも私は当時から、正義感が強い、純粋、自分の信念がある、とそんな印象を持たれていたようだ。

そんな幼なじみの中に、私の小学校からの友人もかなりいた(私は小学校、中学校とも家の近所の公立学校に通った)。そのうちの一人が、私の小学校4年生の時の発言をよく覚えていた。あるとき、担任の先生が「世の中にはさまざまな職業があるけれど、どんな職業も平等なんだよ」と言った。クラスは皆、納得した。しかし私が突然手を上げ、「そんなことはない。世の中では医者とか先生とか、いい職業と見られているものと、そうではなく見られている職業とがある!」と言ったというのだ。覚えている方も覚えている方だが、実は発言した私自身も、言われてその時の光景を鮮明に思い出した。実に9歳のときのことだ。私は、その先生の言う余りにも教科書的な、現実を直視しない優等生的発言に子供ながら(子供らしからぬ)違和感を覚えたのだ。全ての職業は平等であるべきだが、今でもなお現実の世の中では、公的年金制度の例を挙げるまでも無く、様々な不公平が付きまとう。その幼なじみは、私という小学4年生が先生の言うことに反論したという事実を、余りにも強烈な事件として記憶していたのである。

もっとも、その思い出話をしてくれた幼なじみは、私の発言を、「世の中には優れた職業と、そうでない職業とがある」という意味に誤解していたようだ。私は実に「いやな奴」だったわけである。30年以上も誤解されていたことに愕然とした。だが、それも今更仕方が無い。政治家は言葉が命、そして言葉が命取りになる職業でもある。同窓会で、実に貴重な教訓を得た。

 
   
2004年12月24日
田嶋 要
 
 


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