民主党ロゴ
衆議院議員千葉一区たじま要
読者からのご意見
メルマガお申込み
ボランティア募集
カンパのお願い
民主党のマニフェスト
3つの信念
7つの基本政策
新生日本
新生千葉
千葉第一区
プロフィール
日記バックナンバー
動画配信
主な活動スケジュール
民主号外/ポスター
iモード版
   
 

声なき声

 

 先日行われた死刑に関するアンケート調査の結果、日本人の実に8割以上の方が、凶悪犯罪の加害者に対しては時として死刑もやむをえないと考えていることがわかった。凶悪犯罪が続く中で、まさに国民が焦眉の課題と考える犯罪対策に関わる本質的な問いかけだからこそ、このはっきりと出た国民の苦渋の意思表示を、国は真摯に受け止める必要がある。日ごろ国会にいると死刑廃止論者の陳情が目に付きやすいが、声なき声は圧倒的に現制度の追認派だということだ。ただ、EUはその加盟条件として死刑廃止を求め、日本に対しても死刑廃止の圧力を掛け続けているし、また米国でも半数以上の州が死刑を廃止はしていないものの、執行を凍結している州が大半であることからもわかるとおり、どの国においても国民の心が揺れる大きな問題であることは間違いない。

 しかし、よく考えると実は国民の関心は、刑事罰としての死刑を行うか否かよりも、むしろ凶悪犯の加害者が自分達の生活を決して脅かすことがないようにして欲しいというその一点だと思う。であれば、死刑というのはそのための手段の一つに過ぎず、終身刑という選択肢も十分に考えられる。また、先日の安城市の事件を機に見直しが始まったが、仮出所や保護観察の制度の妥当性の議論の方が、死刑制度の存続の議論よりは国民にとってより無関心ではいられない重要政策だということが言えよう。ただ、死刑以外の刑罰では、受刑者の生活という課題があり、パンク寸前の刑務所の状況、コスト増という問題を解決していかねばならない。

 また、被害者遺族の立場からは、罪の償いをどう行うかという点も重要だ。被害者遺族が常に極刑を望むかというと必ずしもそうではなく、実際、あの神戸の小学生殺傷事件の死刑囚の場合、極めて異例なスピードで死刑が執行された結果、多くの遺族がやり場のない喪失感・無力感を味わうことになったと報告されている。死をもって罪を償ったという言い方もできようが、もはや生きて罪を償わせるという願いは叶わなくなってしまったわけで、しかも反省・謝罪の言葉すら聞かれなかったことから来る被害者遺族の悲しみは深い。

 いずれにせよ、答えは簡単には見つからないが、罪も無い人々が決して犯罪被害者とならない社会を、無理だとは諦めずに目指しつつ、既に起きてしまった犯罪の被害者遺族の声に特に耳を傾けながら、その時々の時代の背景と空気の中でベストな判断を下していくより他はない。

 
   

2005年3月3日
田嶋 要

 
 


Copyright(c) 2003
k-tajima.net