|
規定の速度よりも30キロも速い速度でなぜ走ったのか、ということよりも、なぜ走ることを可能とするシステムだったのか、ということにより強い疑問を持つ。聞けば運転士は非常に真面目な性格の人であったらしく、列車時刻に厳格な社内方針から相当のプレッシャーを受けていたのは想像に難くない。そうした観点から、運転士本人に加えて会社側の責任を問う論調の報道もある。しかし、たとえプレッシャーが無くとも、たとえば故意でスリルを味わうために速度を上げてしまうような犯罪行為はいまどき十分に考えられるし、あるいは突然の病気か何かで気を失い速度が上がってしまうことは、ありうるわけだ。そのような様々な、「人」に関する原因で速度が上がってしまう可能性に対して、なぜしかるべきシステム制御が働き、ある速度以上の速度が出ないようなシステムになっていなかったのか?いつも決まったレールの上を、いつも同じ地理的環境の場所を走っているのだから、特定運行区間での速度制限をプログラム制御できるような設備に、それほどの膨大な設備投資が必要だとは思えない。にもかかわらず、まさにいつも場所を、決まったレールの上だけを走る乗り物だったから、自動車よりも飛行機よりも、そして船舶よりも安全に対する配慮が十分にできていなかったのではないか。多くの人命を預かるのであるから、様々なシュミレーションを行い、たとえ運転手がどんな運転をしようとも、それら人間の犯すミスをカバーする設計がされていなければおかしいのではないか。飛行機であったならば、このあたりの設計や取り決めはもっともっと厳格であったろうに。お客様の安全という最重要課題に対して、あまりにも基本的なところで手抜かりがあったような気がしてならない。私が問う会社側の責任とは、運転士に与えたプレッシャーというよりは、むしろこの点に関してである。
自然災害でも、犯罪に巻き込まれた場合でも、そして今回のような事故でも、その不慮の死はそれぞれに無念である。亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈りいたします。
|