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小泉郵政法案成立

 

たった今、参議院も賛成多数で通過した。達成感と安堵感に満ち溢れた竹中大臣の顔が、テレビ画面に大きく映し出されていた。総選挙前には否決された法案が、事実上同じ中身で、同じメンバーによって、今度は可決されたのだ。その理由は、もちろん先の総選挙での自民党圧勝である。

多くの「転向」議員がこういう理由を述べていた。「国民の意思には従わねばならない。」一見もっともな理由だが、私には不思議に聞こえる。郵政民営化にとどまらず、国会での様々な立法に係る議論は、細部にわたって非常に専門的、技術的なものが多い。そして、そういった情報が有権者に十分届いているということは普通考えにくい。たとえば郵政職員の給与には税金投入は全く無いこと、あるいは郵政民営化を強く望んでいる米国は自国の郵便事業を国営でやっていること、などなど、国民の多くが知らないだろうことはいくらでもある。先の国会で審議をし、反対票を投じた議員らは、十分そういう情報を国会審議で得て、判断をしたはずである。国民の代表者として、さまざまな角度から審議して最後に判断をしたはずなのに、である。なぜその判断が、総選挙の結果を受けて180度ひっくり返るのか?建前は「国民の声」、しかし本音は小泉さんによる「恩赦期待」であると思われても仕方がない。

私は、党としての対案を出さない判断や、審議拒否戦術を採用するに際しては、よくよく国民の声に敏感であるべきだと思っている。国民が望んでいない戦術で国会に臨むのはよくないと思っている。ただ、法案の中身に関しては、まさに立法者の責任として一人ひとりが信念に基づいて賛成票・反対票を投じるべきだと思うのだ。国民の代表がコロコロ判断を変えるのであれば、すべての法案は国民投票で行えばよいというような結論になってしまうのではなかろうか。

 
   
2005年10月14日
田嶋 要
 
 


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