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先日の私の日記(2006年10月18日)について話がしたい、と地元からの来客があった。タイトルが「不適格な先生」と若干ドキッとするものだったので、また何か苦言を呈されるのかなと一瞬思ったが、結果的には双方にとって大変有意義な意見交換ができた。
まず「不適格」という言葉の意味について問われたが、これは学校関係者の間で言われている指導力不足教員を指すものではない。指導力が最初から備わっている先生はそんなに多いとは考えにくく、指導力はどんな職場でも同じであるがオンザジョブとオフザジョブの研修で身に付ける他はない。私が使った「不適格」というのは(もちろん私だけが使っているわけはないが)、最近問題になっている、いじめの発端を作ったような先生のことを指している。
次に、教員免許の更新制についてであるが、地元ではあまり賛同の声が多くないと書いたが、たじま要はどうなんだという質問を受けた。まず一般論として私は、免許という形で資格を得る職業が、ややもすると既得権益化の問題をはらんでいるという認識は持っている。無論これは教員に関してのみの問題ではない。だから、その既得権益化への対策として、可能な選択肢として免許の更新制も検討には値すると思っている。しかし、これは民主党としても主張している点であるが、現実論として教員免許を更新すると、定期的に行う試験などのコストは膨大であると試算される一方、実効性には疑問符が付く。従って、私の現在のスタンスは、地元の有権者の反応同様、かなり懐疑的である。与党・政府そして有識者会議の議論もフォローしていきたい。
あと、先生になる前の社会経験ということについても意見交換をした。私の思案は、22歳で大学卒業・免許取得となっても、27歳までは教鞭を取らせないという、まあ一つの極論かもしれないが、民主党案としては大学院を設けて、大学院卒業資格を必須とするもので、社会経験ではないけれど、教鞭に立つ前にもう少し先生の年齢と見識を引き上げるという点では同じ方向性の政策を考えている。また今日お見えになった方も、現在の先生の研修体制が余りにも不十分であると指摘されていた。新卒の先生が社会の右も左も分からぬままに、5日目にはクラス担任となる今の小学校の制度の説明をされたが、その現状は余りに無理があるという印象だ。また、一部始まっているらしいが、現在は中学校からの科目担任を小学校3年生からとした方が、小学校の先生にも生徒にもベターではないかと感じた。
教育基本法の議論ばかりではない。こうしたさまざまな教育の議論が、全国いたるところで沸き上がって来ることが、まずは幸先の良い日本再生の第一歩だと信じたい。
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