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この数日間、医療制度に関する講演の準備をしている。改めて感じることだが、恐らくは今後の少子高齢化社会や団塊世代の退職後の日本においては、公的年金制度以上に深刻な問題となるのが、この医療制度ではないか。深刻な財政難という意味ではどちらも似たもの同士なのではあるが、医療サービスは現物支給であるがゆえに、年金には無い様々な、生死に関わる「現場」の問題が財政難の問題の上に追いかぶさってくる。産科や小児科、放射線科での医師不足は言うまでも無く、混合診療をどうするか、というような問題一つを見ても、財政的な観点と、そして患者にとってのベストな治療という観点の両方から取り組まねばならない。昨日の日記に書いた、強毒性鳥インフルエンザのようなものが蔓延したときの医療体制のパンク状態など、想像しただけでも恐ろしくなる。
似たもの同士という点は、なにも財政難に留まらない。要するに、生い立ちが異なるバラバラの複数制度が温存されてきて、生き方、働き方の多様化の中で、被保険者間の公平性を担保することが不可能になってきている、という点である。年金に関して、被用者年金の統合、あるいは国民年金との一元化が大きな政策課題であるのと同様に、医療保険も、圧倒的に多くの高齢者が加入していて財政逼迫の顕著な国民健康保険と、その他の二つの制度との一元化が、本来ならば喫緊の課題のはずである。だが、政府にはそれに取り組む意思は無く、去年の制度改正を見ても、相変わらずパッチワークの小手先改正を繰り返している。
驚いたことのひとつが、この国保の平均保険料が、市町村によって約6倍もの格差があるということだ。年間一万数千円の町がある一方で、北海道のある町では年間の負担額が何と10万円を越えている。恐らくは、その町の住民は、「そんなこととは露知らず」であろうが。厚労省のお役人は、その格差を認めつつ、「自治体の自治事務ですから」とひとごとのような口ぶりである。今後、医療についての都道府県の役割を大きくしていくことで、この格差の問題を緩和していく方向性は打ち出されているものの、国民の健康インフラとしての医療制度に今日まで続いているこの格差の放置は、そもそも国として大きな怠慢であり、国民はもっと怒るべきなのである。
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