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地元でよく前を通る不二家のぺこちゃんのお店が、結構お客が入っているのを見るたびに、「ここは何とか不祥事から立ち直ったな」という思いだが、どうやらそれも無理そうな会社もある。全国に名の知れ渡った、船場吉兆。信用は、作るのには長い年月が掛かるが、失うのは一瞬だ、ということを、いやと言う程に味わったのでなかったか。食べ残しを、刺身のような生ものまで含めて、次のお客に使いまわしていた、というのでは、これで完全に船場吉兆ブランドは終わったであろう。「もったいない」からそうした、という釈明は、残念ながらこのような場合、社会通念上受け入れられるものではない。
一方で、ふと思うのは、このような使い回しも、調べていけば恐らくは多くの店がやっているのではないか、と言う点。たとえば、チャーハンに使うご飯や、パセリなどは、前のお客の使いまわしは結構当たり前だったりするかも。そして更に重要なことは、「もったいない」と感じる心そのものは、きわめて大切であり、今の社会のありようにも問題があるという点である。お店での使いまわしは受け入れられないとしても、たとえば我々政治家も多く出席する、ホテルなどで開かれる懇親会。多くの料理が無駄になっている現実を見ると、いつも罪悪感を覚えてしまう。むろん、これには、立法府というよりは、多くの人々が「もったいない」と感じることで、社会の常識を変えていくほか無い。
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